第81回「春の夜や」

戸田:

有川さん、今日もよろしくお願いいたします。

有川:

こちらこそよろしくお願いします。

戸田:

(笑)。今日はどんなお話ですか。

有川:

福山といえば井伏鱒二さんですよね。

戸田:

そうですね。

有川:

大好きな作家です。風貌もですが、なんとも力が抜けていて気取ったところがない文章が好きなんです。

戸田:

はい。

有川:

小沼丹さんというお弟子さんの『井伏さんの将棋』という本を読んでいたら、井伏さんの「アメリカに行く、パリに行くとか豪快な旅行をしたいとは思わない。せめて4日か5日の予定で近隣の田舎町や山の麓のような所に行ってくる。山の宿で囲炉裏の煙が目にしみる。そんなようなことがあれば、私はひとり悦に入ることができる」という文章に出会いました。

戸田:

ええ。

有川:

「囲炉裏の煙が目にしみる」。いいなあと思いました。

戸田:

その情景、ほっこりしますね。

有川:

ええ。庶民のささやかな喜び。その実感、確かな手応えを感じられる文章です。
昨年『文藝春秋』12月の100周年記念号で、作家で元日本振興銀行社長の江上剛さんが「松茸のつくだ煮」という文章を書いています。
江上さんは学生の頃、井伏さんのところに出入りしていたそうです。大学を留年してフラフラしている時、田舎から松茸が送られてきた。そこで井伏さんに食べてもらおうと持っていった。すると、「それなら君も一緒に食べようじゃないか。あがれ、あがれ」と言われた。江上さんが「いえ、私は今、だらしない生活をしているので、もう少しちゃんとした人間になったらお邪魔します」と言うと、「そうか、それなら君がまともになってここに来る時まで、つくだ煮にしてとっておくからな」とおっしゃった。

戸田:

(笑)。

有川:

江上さんは「丹波の松茸は香りが命です。食べて下さい」と言って、その場を辞した。
それから、ほぼ1年。なんとか、銀行に就職が決まり、いさんで先生にご報告に伺った。今度はためらうことなく書斎にあがらせてもらうと奥様が料理を運んできてくださった。その中につくだ煮があった。先生は「去年、君が持ってきてくれた松茸だ。つくだ煮にしたから一緒に食べよう」と言ってすすめてくださった。その瞬間、涙があふれて止まらなくなった、と書いてありました。

戸田:

私ももらい泣きしそうです。いいお話ですね。

有川:

僕もこれを読んで、ちょっと泣けました。

戸田:

あたたかいですねえ。

有川:

ええ、あたたかいですね。井伏鱒二さんは95歳まで元気で毎日ウイスキーを飲んで生活されていたそうです。うらやましい。そして、もうひとつ、井伏さんにはユーモアがあります。福山に行った時に見たんですが、「春の夜や いやです だめです いけません」。

戸田:

(笑)。

有川:

井伏さんが書いた色紙が飾ってありました。何が「いやです、だめです、いけません」なんでしょうね(笑)。

戸田:

(笑)。

有川:

日本人が昔から楽しんでいた「言葉のおもしろさ」というのは、俳句や川柳、回文などにも通じるのでしょう。

戸田:

そうですね。

有川:

回文と言えば、本村亜美さんと高畠純さん『たぶんぶた』という回文絵本を出しました。

戸田:

あの絵本、いいですねえ!


本村亜美・文/高畠純・絵『どうぶつどっちからよんでも たぶんぶた』

有川:

「こねこ」の右ページは、「こぺんぎんぺこ」ですからね。

戸田:

よく考えられましたね。

有川:

「かばか」の右ページは、「さいさ」です(笑)。
なによりも2人が楽しそうに作っている。高畠純さんが嬉しそうに絵を描いているのが、よくわかります(笑)。作者が楽しくやっていると、なにかが伝わるんですね。

戸田:

いいですねえ、それが一番。

有川:

ええ。『たぶんぶた』の中で僕がとても好きなのは、「がらり ごりらが!」です。

戸田:

おもしろいですね!

有川:

こうやって言葉を楽しむというのは、日本人の古くからの伝統ですし、楽しみです。そこに絵が付いていたりするのも江戸の昔からたくさんありました。言ってみれば「絵本」ですね。

戸田:

そうですね。

有川:

絵本につながるような「春の夜や いやです だめです いけません」。
「それは、なんなのですか」と疑問が残ったままに終わるというのが、とてもいいなと思います。

戸田:

(笑)。有川さん、今年も絶好調ですね。

有川:

(笑)。絵本館は、今年45年周年になるんです。

戸田:

これからも期待しております。

有川:

どうぞよろしくお願いします。

戸田:

今日は福山の文豪、井伏鱒二さんの楽しい話題もとてもうれしかったです。ありがとうございました。

有川:

ありがとうございました。

戸田:

絵本館代表の有川裕俊さんでした。

有川さんのお話の中にもありました絵本館からの新刊『どうぶつどっちからよんでも たぶん ぶた』。本当に楽しいです。今回、回文第3弾はどうぶつづくしです。
文の本村亜美さんからのメッセージです。

どうぶつどっちからよんでも『たぶんぶた』は、できるだけ少ない文字数で楽しめる回文にしたいと思い考えました。過去の回文ワークショップの際、みなさん最初は難しい顔をされてますが、短いものから作り始めると、すぐにどんどん長いものが作れるようになりました。この絵本をきっかけに身近な文字で言葉遊びを楽しんでほしいです。
そして、絵がつくことでとても面白い絵本になりました。
『たぶん ぶた』を思いついた時は、どんな絵になるのか想像できなかったのですが、高畠純先生の絵を見た時、思わず吹き出してしまいました。
どっちからよんでも、ぜひ楽しんでください。

そして、絵の高畠純さんからのメッセージです。

亜美さんとの回文は、3冊目。“さりげなく”が大事で、今回はまた“短く”が加わる。“短い回文のほうが難しい”と亜美さん。それでもやってくれました、いろいろと。
“きつね はねつき”“このこ どこのこ”なんて、一見、回文とは思えない自然さ。“たぶん ぶた”“つる ワルツ”“ばく おくば”……、亜美さん紡ぐいっぱいの回文のなかから、あれこれチョイスしながら構成、絵を付けるのは楽しい作業。
言葉と絵の合体、おもしろ絵本ができました。

ぜひ、お手にとってみてください。絵本館からの新刊、文・本村亜美さん、絵・高畠純さんで『どうぶつどっちからよんでも たぶん ぶた』。本当に楽しいですよ。

(2023.1.10 放送)
2016年4月からエフエムふくやま「ブック・アンソロジー」に月1回、第2火曜日に出演しております。
インタビュアーは、パーソナリティの戸田雅恵さん。
番組の内容を定期的に掲載しています。
どうぶつどっちからよんでも たぶんぶた
本村亜美・文/高畠純・絵どっちから読んでも同じことば!こんどはどうぶつづくし!
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