第80回「そうかなあ」

戸田:

有川さん、今日もよろしくお願いいたします。

有川:

こちらこそよろしくお願いします。

戸田:

(笑)。今日はどんなお話ですか。

有川:

桂米朝さんという落語家がいましたでしょう。

戸田:

はい。

有川:

「落語というものは、人を馬鹿にした芸です。ありそうでありえない物語にぐいと引き込み、その上で、これは戯れ言、うまくだまされましたねとオチをつけるのが落語です。ですから、そこで“なるほど!”と膝を打たせる洒落がないと話にならないですね」と言っている。
これは絵本でも同じことがいえます。内田麟太郎さんと高畠純さんの『そうなのよ』。この絵本、「そうなのよ」とはいえない場面の連続です(笑)。

戸田:

はい(笑)。


内田麟太郎・文/高畠純・絵『そうなのよ』

有川:

どこが「そうなのよ」なのか。これでは日本語の使い方がおかしくなるという考えも出てくるでしょう。しかし絵を見ていると、なんとなく「そうなのよ」という気もしてくる。この不思議な感じが心地よくなって「なんとなく」自由な気分になってくるから不思議です。絵本の功徳というべきではないでしょうか。その上、最後の洒落が効いているのですから心憎いばかりです。

戸田:

でも、ホントおもしろいです(笑)。

有川:

そうです。「おもしろい」は力になります。五味太郎さんの『のでのでので』という絵本がありますが、これもぜんぜん「ので」ではない(笑)。

戸田:

(笑)。

有川:

ところが、絵に力があるから説得力が出てくるんですね。

戸田:

なるほど。


五味太郎『のでのでので』

有川:

絵本の文と絵本の絵に距離がある。読む側が自然とその距離を埋める、というか橋を渡してつなぐ。反対にごく普通の「ので」、たとえば「お金がないので昼食を食べずに我慢した」という文に、その文を説明するような絵が付いていたのでは絵本にはならない。ところが、多くの絵本はこのタイプです。

戸田:

疑う、興味を持つ、なんだろうと思う。

有川:

そうです。絵本の絵を見た人が「この状況なのに、なぜ“ので”なんだ」と、疑問をもつところから興味は生まれる。なにかにつけて疑ってばかりでは性格の悪い人になりそうだと、子どものことを心配する大人がいるかもしれません。しかし「興味をもつ」ことのきっかけになっているのが「疑う」ことです。五味太郎さんが、新聞で「大人が言ったことを聞くだけでは、対応型の人間しか育たない。自分は何が得意で、何をしたいのか、そういう自分の質を見つけられないままになってしまうのではないか」と言っています。なにも疑わずハイハイと受けいれる。そんな生活を送っていると、子どもは対応型の人間になってしまうのではないでしょうか。大事なのは、興味・関心をもつことです。

戸田:

ええ。

有川:

石井裕也さんという映画監督がいます。その石井さんが「自分という人間が、だんだんうすぼんやりしてくる」と言うんです。
なんのことかなと思ったら、コンプライアンスとかデフォルトだとか、よく分かりもしないカタカナ言葉を平気で使って恥じない、そんな人たちがいくらもいる。

戸田:

そうですね。

有川:

多分、今に始まったことではなく明治の頃もやっていたと思うんです。哲学だとか社会だとか個人だとか、そういうヨーロッパの概念を漢字に変えて使いだした。
よくわからないにもかかわらず、「やっぱり、こういうのは哲学的だよね」とか「なにより大事なのは個人」などと明治人も言っていたと思うんですよ。

戸田:

(笑)。

有川:

今の我々も、よくわからないのに「コンプライアンスはとても大事です」なんて平気で言ったりしているわけです。

戸田:

ええ、わかります。

有川:

そうやって日本人は、よくわからないのにボヤッと曖昧なまま使っていくという特技を持っているのかもしれません。昔からずっと「うすぼんやり」でやってきたんでしょうか。でも時には「そうかなあ」という気持ちももちたいものです。そのためにも、子どもにとって絵本の文と絵本の絵には距離が必要です。距離があればこそ「そうかなあ」という一瞬の疑問もでてきます(笑)。

戸田:

(笑)。

有川:

「そうかなあ」と思わないできたので、「オレオレ詐欺、衰えを知らず」ということになっているのではないでしょうか。従順な人間をつくる。そのためには小さい頃からの教育の果たした役割は大きいでしょうね。
明治このかた公的な教育は、子どもに疑問をもたせずにやってきました。疑問→興味→関心という流れに対して公的教育にはあまり期待がもてないとすれば、「そうかなあ」と思う絵本の果たす役割もあながち馬鹿にならない。
ついこの前、出版した『ふんが ふんが』とか、『そうなのよ』とか、『のでのでので』とか。
手にとってみると、一瞬「え〜、そうなの?」と思うところがある。ところが、そこにこそ考える余地というか、余白が隠されている。先ほどの米朝さんがおっしゃるように最後にちょっと洒落が利いたところで話が終わっている。そういう絵本を出せることを願っています。

戸田:

いいですね!また楽しみに待っています。有川さん、今日もありがとうございました。

有川:

ありがとうございました。

戸田:

絵本館代表の有川裕俊さんでした。
有川さん初めてのご出演が2016年の4月でしたから、もう足掛け7年になります。月に一度、楽しいお話をしていただいています。ぜひチェックしてみてくださいね。
(2022.12.13 放送)
2016年4月からエフエムふくやま「ブック・アンソロジー」に月1回、第2火曜日に出演しております。
インタビュアーは、パーソナリティの戸田雅恵さん。
番組の内容を定期的に掲載しています。


エフエムふくやま 戸田雅恵さん

そうなのよ
内田麟太郎・文/高畠純・絵ナンセンスの力で、頭の中をやわらかくほぐしてください。
のでのでので
五味太郎・作人間も動物。子どもにはまだまだ直感があるんだ。
ふんがふんが
おおなり修司・文/丸山誠司・絵「ふんが」の3文字のみで語られるゴリラパパの奮闘記。
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