第55回「残しておく」

戸田:

有川さん、今日もよろしくお願いいたします。

有川:

こちらこそ、よろしくお願いします。

戸田:

今日はどんなお話ですか。

有川:

この前、雑誌を読んでいたら、歌舞伎の坂東玉三郎さんが「オンラインでは魂までは伝わらない。不思議なものでオンラインで映像をみながら話すより、電話のほうがはるかに相手の気持ちや気配まで感じとれるのです。電話では声と息づかいだけなので、いっしょうけんめい相手の表情や気持ちまでを想像します。映像のほうが分かりやすいというのは幻想なのかもしれません」と言っていました。
絵本でも「子どもには絵があるからよく伝わる」、そんな考えと通じる部分があるような気がしました。

戸田:

ええ。

有川:

子どもに対しては「文章の分かりにくい部分を絵で読み解く」という考えが長く絵本の基本でした。もちろん絵本ですから、絵が助けになるのは当たり前です。ところが、そこにちょっとした勘違いもあるような気がします。

戸田:

どんな勘違いですか?

有川:

今までの絵本は「子どもはまだ分かっていないことが多い、だからなるべく絵で説明し教えてあげよう」が前提でした。しかしオンラインではありませんが、絵があるので与えられること、教えてもらうこと、そういう受け身の状態に慣れて、子どもが皮肉なことに自ら考えようとしなくなる、というか「感じとる」ことが苦手になっていく。そういうこともあるのではないでしょうか。手取り足取りやってあげると、どこで子どもが自らの力で考えるようになるのか。

戸田:

大人は、分からないとつい手を差しのべたくなりますものね。

有川:

絵本にとって大事なことは学習や指導、ましてや教訓ではなく、子どもの自発性が生まれるか否かです。そのためには文と絵のなかに読者が想像する余地を残しておく必要があります。そういったスタイルの絵本が生まれて約半世紀。想像する余地を残したこの種の絵本には、特徴があります。「押しつけがましさ」がまったくと言っていいほどないということです。そんな絵本を生みだす作家は子どもには得難い存在だと思うんです。
子どもにとって最も鬱陶しい存在は「押しつけがましく」善意で迫ってくる大人です。ところが、この想像する余地を残した絵本には「押しつけがましさ」がありません。ですから子どもに人気なのは当たり前です。惜しむらくは多くの大人がそのことに未だ気づいていないということです。

戸田:

ついつい「押しつけて」いるのかもしれませんね。

有川:

省略や飛躍が多いので何を言っているか分かりにくい文と、のびのびとリズミカルに描かれている絵。その2つを合成し融合する作業を、知らず知らずのうちに読者はやっている。合成し融合しているのですから、想像する力が自分のものになっていくのは自然な成りゆきです。また、このスタイルの絵本は想像する力が付くだけではありません。子どもにとって想像する、そのこと自体がおもしろくなっていく絵本でもあるのです。
実は、ここに読書の楽しみが潜んでいるのです。このような心の動きが読書の第一歩と言っていいと思います。
「感じとる」「想像する」「思う」、そのことが大事だと、玉三郎さんは言っているわけですね。それが読書についても言えることです。

戸田:

ええ。

有川:

もう30年以上前のことですが、友人の結婚式の主賓が玉三郎さんだったので、お見かけする機会がありました。

戸田:

まあ!

有川:

洋装でいらしたんですが、思った以上にスラリとして、たたずまいが美しく、フォーマルな洋装が実にすてきでした。その雰囲気に男の僕もウットリするほど!

戸田:

立ち姿が絵になる方ですよね。

有川:

そうなんです。立ち姿が絵になるというのは、役者さんにとってとても大事でしょうね。

戸田:

確かにそうです。

有川:

最近、テレビで古典芸能の司会をなさっている高橋英樹さん、女優では草笛光子さん、岸恵子さんなど、歳がいってもみなさん、実に姿がいい。

戸田:

姿勢は身に付いていないとダメですものね、一夜漬けでできるものではありませんから。

有川:

まったくその通りです。なにごとも「身に付く」というのはなかなか大変なことです。
昔読んだ本で、安部公房さんが対談相手の石川淳さんに「私が知り得ているかぎりで、石川さんは日本で最も教養のある人だと思う」と言ったら、石川さんが「あなたが言っている教養はどういう意味かわからないが、僕が思っている教養は、昔の芸者衆などが習い事をしていくうちにいろんなものが身に付いていく、そういうことを含めて教養だと思っている。君がそういう意味で『教養がある』と言ってくれるのなら、うれしいが」とおっしゃっていました。なにかが「身に付く」ということは、人にとってとても得難いことです。

戸田:

なるほど、そうですね。

有川:

やっぱり、少しでもなにかが身に付くように心がけながら晩年を迎えていきたいものです(笑)。

戸田:

お互い、そうなりたいですね(笑)。

有川:

繰り返しになりますが、玉三郎さんがおっしゃっている「オンラインよりも電話のほうが伝わるものがあるのではないか」は、とても大事な指摘です。電
話のほうがかえって相手の表情や気持ちまでをも想像させる。「なるほど」と思いました。
想像力を刺激するといえば、NHKFMで『音の風景』という番組があります。番組で流れる音を聴いていると「想像で自分の頭が動いている。感じとっている」そういった実感を持てることがうれしくなって、好きな番組です。

戸田:

「自分の頭が動いている」。そこが玉三郎さんの話と絵本に相通じるところなんですね。いつも有川さんが言ってくださっていることなので、「なるほど、そうだな」と思いました。

有川:

「絵があるから、より想像する楽しさが湧いてくる、湧き出てくる」そういう絵本を作りたいと思います。
そう、最後に電話といえば絵本館に電話の線が主人公の絵本があります。五味太郎・作『でんわでおはなし』です。その当時の電話機はすべて電話線につながっていました。その線がストーリーを語る、というか描くんです。その線の先にいるのは……。最後のページがとてもいいのですが、それは見てのお楽しみにということにしましょう。


五味太郎・作『でんわでおはなし』

戸田:

ぜひ、手にとって楽しみに見たいですね。有川さん、今日もありがとうございました。

有川:

はい、失礼します。

戸田:

絵本館代表の有川裕俊さんでした。

有川さんのお話にもつながるような、また楽しい絵本が絵本館から出版されました。新刊のご紹介です。
タイトルは『福助はみた』。福山出身の絵本作家、おおなり修司さん文、そして絵はきむらよしおさんです。

福助はみた
おおなり修司・文/きむらよしお・絵『福助はみた』

福助はそのとき何をみたのか?
福助はみている
空を 海を 夕陽を
ただただ、じっとみている。
そして最後に福助がみたものは…?
『だーるまさんだーるまさん』の、おおなり修司×きむらよしおコンビが哀愁とユーモアたっぷりにお届けします。

おおなり修司さんのメッセージです。

子供の頃から、縁起物として置かれている福助人形が気になっていました。そこで福助人形を主人公にしたお話を考えようと思い、そして出来上がったのがこんなお話です。
どうしてこんなお話になったのか僕にもよくわかりません。でも、きっとそれは福助人形が持つ独特の存在感が僕にこのお話を書かせたような気がします。きむらさんの描くせつなくもやさしい絵とともに、ほんのり幸せな気持ちになってもらえたら嬉しいです!

そして、きむらよしおさんのメッセージです。

福助さんってなに!
子供の頃から福助さんはいた。商店などの棚にちょこんと座っていた。私の家にはいなかったが、普通の家にもいたのかもしれない。子供心に、あれは一体何だろうという思いがあった。
調べてみた。出るわ、出るわ、いろいろな福助さんがいる。江戸時代に「幸福を招く」とされる縁起人形として流行した福の神。
『福助はみた』の福助さんは、福助さんなのに捨てられるという不幸な始まりです。そこから福助さん自身と漁師の家族が福を授かる話です。
前半は不幸な話なのですが、絵が暗くならないよう顔も背景も愛嬌のあるようにしたつもりです。
読んだ方が、この家族や福助さんのように“福”を招来すると良いのですが。

おおなり修司文・きむらよしお絵『福助はみた』。
絵本館からの新刊です。絵本館HPにもご紹介がありますから、チェックしてみてくださいね。
(2020.11.10 放送)
2016年4月からエフエムふくやま「ブック・アンソロジー」に月1回、第2火曜日に出演しております。
インタビュアーは、パーソナリティの戸田雅恵さん。
番組の内容を定期的に掲載しています。なお、ラジオインタビューですので、その時はじめて聴く人もいます。同じような話が2度3度出てくることがあります。ご了承ください。


エフエムふくやま 戸田雅恵さん

でんわでおはなし
電話に興味をもちはじめたお子さんに。
福助はみた
福助はそのとき何をみたのか?!
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