- 戸田:
- 有川さん、今日もよろしくお願いいたします。
- 有川:
- こちらこそよろしくお願いします。
- 戸田:
- 今日はどんなお話ですか。
- 有川:
- おおなり修司さんとたけがみたえさんの『ジロッ』という絵本が出来たばかりなんです。
- 戸田:
- はい。
- 有川:
- 色校正を見ている時は、そんなに強く思っていなかったのですが、出来上がって改めて見たら「これは名作だな」と思ったんです。そう思える瞬間は結構幸せなときです。しかし、実に未熟な編集者だと思いました(笑)。
擬態語、擬声語だけで絵本が最初から最後まで進行することができる。このことは日本特有の現象ではないかと思うのです。どうしてかと言うと、日本語には擬態語、擬声語が山のようにあるだけでなく、その言葉にニュアンスを感じとれるからです。その名人が宮澤賢治だそうです。 - 戸田:
- ええ。
- 有川:
- 最初のページ、「ジロッ」という言葉で始まる。カエルがあるものをジッと見ているんです。それをパクッと食べちゃう。食べてしまったものだから、「ケロケロスー ケロケロスー」と寝ちゃうんです。
- 戸田:
- (笑)。
- 有川:
- そんな調子で事は進んでいくんですが、説明めいた言葉は一切ないんです。
- 戸田:
- ええ。
- 有川:
- 作者はそこに何を込めているかと言うと、受けとる子どもたちや読者の思いに委ねる覚悟です。読者の補う力に期待をよせているんですね。子どもが「学ぶ」ために、大人は少し分からない部分を準備する必要があるんです。説明しすぎると子どもは何も考えなくなる。子どもが「分からない」ということに違和感をもたれないように、上手に作者は作品の流れを作っていく。そこがプロの技の見せどころです。このような表現に出会うと読者の頭が動きだす。
ここが絵本にとっても一番肝心なところだと思うんです。子どもが受け身になっては、元も子もありません。 - 戸田:
- そうですね。
- 有川:
- そんなことを繰り返しているうちに、子どもたちが自分で考える力を見いだしていくんですね。そういった絵本の展開の仕方は、擬態語、擬声語が多い日本だけの特別なものではないかと思うんです。
- 戸田:
- ええ。
- 有川:
- それを初めてやったのは、僕が知る限りでは谷川俊太郎さんと元永定正さん、そして長新太さん。そこを大きく広げていったのが五味太郎さん、内田麟太郎さん。そういう方たちの力があって、おおなりさんが、たけがみさんがこうした絵本を世に送り出すことができるようになっているのだと、つくづく思います。
- 戸田:
- そうですね。そして、たけがみたえさんの木版画がすごくいいですしね。
- 有川:
- そう、とてもいいんです。どちらかというと、木版画は静止画的なところがありますが、たけがみさんの木版は前に進む力がとても強く絵本的です。
- 戸田:
- たけがみさんのメッセージにも「おおなりさんのリズミカルな言葉に合わせて、私も何回も何回も目玉を動かしました」とありますね(笑)。
- 有川:
- そういったユーモアも絵から伝わってきます(笑)。
- 戸田:
- 本当に楽しさが伝わってきます。有川さんがよくおっしゃっている「絵を読むたのしさ」があると思います。
- 有川:
- ええ。
- 戸田:
- この絵本は、本当に傑作だと思います。
- 有川:
- 自分で言うのも口幅ったいですが名作、傑作だと思います。
- 戸田:
- そうですね。
- 有川:
- 先ほど名前をあげた谷川俊太郎さんの『もこ もこもこ』という絵本があります。ただ、「もこもこ」とか「にゅー」とか、そんな言葉だけなんです。そして、絵は元永定正さんが描く抽象画です(笑)。
- 戸田:
- (笑)。
- 有川:
- 「分かる分からない」といえば、ここまで分からない絵本を40数年前に作ったのは、偉いもんだなあと思います。
- 戸田:
- でもあの絵本、子どもたちは大好きですよね。
- 有川:
- そうなんですよ。なんと40年で100万部を突破する勢いの売れ行きです。子どものことを考える上で、とても得難い絵本です。
反対に「この『もこ もこもこ』という絵本はなんなんだ。子どもに分かるわけがないだろう」と決めつける大人は、子どもの気持ちを解することの出来ない人だと言ってもいいでしょうね。ちょっと言い過ぎかな(笑)。
大人が思っている「よく分かる」ということが、いかにあやふやか、「この絵本は何歳レベルだろうか」などということを全く度外視した絵本です。
「よく分かる」と思ってしまうと心の動き、精神の働きが止まってしまうんですね。おおなりさんは、そのあたりのことをものすごくよく分かっている稀な作家だと思います。 - 戸田:
- 本当にそうですね。有川さん、今日も絵本館からの素敵な新刊のご紹介、ありがとうございました。
- 有川:
- こちらこそありがとうございました。
(2022.02.08 放送)
ジロッ
おおなり修司・文/たけがみたえ・絵ジロッっと見たり見られたり、パクッと食べたり食べられたり。