第36回「つぶやく力、連想する力」

戸田:

有川さん、今日もよろしくお願いいたします。

有川:

こちらこそよろしくお願いします。

戸田:

今日はどんなお話でしょうか。

有川:

今日は「人間の心のうち」ということを、ちょっと考えたいと思います。
「絵本を読んであげると優しい心が育つ」という考えを、漠然でしょうがもっている人は結構いると思います。心が優しいということは、相手の気持ちになって考えることができるということでしょうか。

戸田:

ええ。

有川:

心の優しい子どもが主人公の絵本を読んであげると、読んでもらった子どもは心の優しい人になる。そうでしょうか。そう簡単に影響を受けるほど人間単純ではありません。ところが単純ではないくせに、人間は単純になんでも支持するし、なんでも支持しない。そんな心の動きをもつ人々のことを大衆というのだと思います。SNSですぐ同調して罵詈雑言。昔も今も、なんでも支持するし何でも支持しない人々はいくらもいます。絵本を読んで心優しい人になれるなら、今ごろ日本じゅう心優しい子どもや大人であふれかえっているでしょう。ところが、常軌を逸したアオリ運転をするオジサンは後を絶たない有様。
次は反対を考えてみましょう。たとえば若い男の子がイヤラシイ本ばかり読んでいる。すると長じて、しまいに性犯罪者。そうなるでしょうか。そう簡単に犯罪者になったら、今頃男性の多くは刑務所で暮らしているのではないでしょうか(笑)。

戸田:

そうですね(笑)。

有川:

心の優しい人間はどうしたら育つか。自分の立ち居振る舞いが他の人の目にどう映るかを意識し、相手の身になって考える習慣があるかないか、そこが重要です。
バカとは、そういった意識や習慣をほとんどもっていない人のことだと思います。バカはウイルスと一緒でうつります。マスクは通用しません。予防はバカには近づかないようにする、それが一番です(笑)。

戸田:

たしかにマスクは役に立ちませんね(笑)。

有川:

常日頃、不思議に思っていることがあります。ひどい虐待を受けた子どもが大人になって家庭をもつ。すると、その人もまた子どもを虐待する。その確率が高いという話をきくと、人間というのは何がなんだかよくわからなくなります。

戸田:

悲しい連鎖ですね。

有川:

優しさといっても、見かけの優しさと本当の優しさがあるんでしょうね。本当の優しさは、親や周りの大人がずっと優しく育てると獲得するものなのでしょうか。

戸田:

まったく違う気もしますね。でも、環境が人をつくる気はします。

有川:

環境が人に多大な影響を与えることは間違いないでしょう。ところがおもしろいことに、ほぼ同じような環境で育った兄弟姉妹でも違った人間になります。

戸田:

そういえば兄弟姉妹、似ていませんね。

有川:

つい、家族だと同じ環境にあると考えがちですが、兄姉がいない状態といる状態。はじめに生まれた子どもは参考になる兄姉がいない。これは大きな違いでしょう。人間はモルモットではないので、まったく同じ環境を準備することはできません。ところが昔だと、まわりに親戚縁者がたくさんいたので核家族などは珍しい。長男長女であっても、まわりには参考になるアホでおバカなお兄さんやお姉さんがいくらもいてくれた。ここが昔と今の大きな違いです(笑)。

戸田:

そうですね(笑)。

有川:

弟や妹は、兄や姉の親や祖父母への接し方をみながら損得勘定もふくめていろいろ考えながら育っていくわけです。ずるいと言えば、ずるい。
「こんなとき、なんであんなことを言うんだろう。親が怒るのは当たり前だ」とか、「この状況ですねたり、嘆いたり、文句を言ったり、本当にショボイんだから」とか、そうやって周りの人間を見たり聞いたりしながら、自分なりの考えをつくりあげていくんですね。

戸田:

よく見て、よく聞くということですね。

有川:

なにも悪いことだけを参考にしているわけではありません。兄や姉があまりに学力や運動に優れている、あるいはピアノや絵に秀でている。「これでは違う道を模索しよう」と思案したり、結果参考にしているんですね。なにより大事なのは、見たり聞いたり、そして考える。
人は幼いときから、心のなかでつぶやきながら思案し、考えて成長していくんですね。このつぶやく力、連想する力が成長の原動力です。相手の身になって考える力、つまり優しさもここから生みだされます。
こんなつぶやきや連想が自然とでてくる絵本があります。話がうますぎるとお思いになるかもしれませんが、大丈夫です。詐欺ではありません(笑)。
たとえば『いっぽんばしわたる』。
文は「しらずにわたる」。絵はキリンとおぼしき足。「この動物、たぶんキリンだね」とつぶやく。「キリンは足が長すぎるから、ついつい知らずにわたってしまったんだね」と連想する。


五味太郎『いっぽんばしわたる』

もう一冊は『おとうさんのえほん』。
「ゴリラのおとうさん」「しろくまのおとうさん」「わにのおとうさん」など4ページで1話、全部で8話です。
「ゴリラのおとうさん」では子どもゴリラが「おとうさん」と、ひとこと。その子の目が何かを訴えています。なんでしょう。すると次のページで、子どもが何を求めたのかがみえてきます。


高畠純『おとうさんのえほん』

読者は「ぼくも高くもちあげて、と言っていたんだ」と、つぶやきます。子どもゴリラの気持ちを考え、連想します。そして、おとうさんゴリラの思いも感じます。8話すべてが「つぶやき」と「連想」の連続です。
そんな絵本が絵本らしくて、僕はすきです。

戸田:

本当にそうですね。有川さん、今日も楽しいお話をありがとうございました。
絵本館代表の有川裕俊さんにお話をお伺いしました。
(2019.4.9 放送)
2016年4月からエフエムふくやま「ブック・アンソロジー」に月1回、第2火曜日に出演しております。
インタビュアーは、パーソナリティの戸田雅恵さん。
番組の内容を定期的に掲載しています。なお、ラジオインタビューですので、その時はじめて聴く人もいます。同じような話が2度3度出てくることがあります。ご了承ください。
いっぽんばしわたる
五味太郎・作絵を読むことになる絵本です。
おとうさんのえほん
高畠純・作いろんな動物のおとうさんが登場!
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