第18回「優れた記憶力を生かす」

戸田:

有川さん、今日もよろしくお願いいたします。

有川:

こちらこそ、よろしくお願いします。

戸田:

今日はどんなお話をしてくださいますか。

有川:

記憶力の話をしようと思います。
記憶力というと、みなさん一つだと思っている。ところが記憶力にはいろいろあります。人の名前とか顔をよく覚える人とかいますでしょう。

戸田:

ええ。

有川:

そういう人は、ご商売とか、政治家になるといいですね。

戸田:

(笑)。

有川:

数字を覚えるのが得意な人もいます。電話番号をやたら覚えてすごい人とか。
そして、興味がない文章・活字を覚えるのが得意な人もいます。教科書とか参考書のことです。こういう人は、東大ぐらいだったら間違いなく行けます。
または活字は活字でも、興味があることをすごく覚える人がいる。たとえば淀川長治さんのような人ですね。映画のことだったら「なぜこんなによく知っているんだ」という人がいるでしょう。
また、味をよく覚える人、つまり舌の記憶力がすごい人は料理に向いているでしょうね。

戸田:

ええ。

有川:

僕は、その中のひとりがモーツアルトではないかと思っています。
モーツアルトは川のせせらぎ、鳥の声とか、風の音など森羅万象の心地よい音をすごく覚えていたんじゃないかと思います。だから、あまり考えることもなくどんどん曲を書けたのではないかと。というのは、ローマの教会に門外不出の「ミゼレーレ」という秘曲があったんです。
ローマに行った14歳のモーツアルトは、その曲を聴いただけで譜面に写してしまった。何分くらいの曲かと思って調べたら14分もの長さです。それを宿に帰って書き上げてしまった。教会のほうはびっくりでしょう。なにしろ秘曲ではなくなってしまった。
つまり、モーツアルトは音の記憶の天才だったんですね。

戸田:

そうですね。

有川:

絵本のことで言えば、いままで見た物や情景や風景、耳にしたせりふや言葉、文章の数々の記憶を総動員して絵と文章を組み合わせる人。われわれがいままで見たことのない文と絵の組み合わせが得意な長新太さんや五味太郎さんやモーリス・センダックさんなど、たくさんいます。
絵だけではダメ。文章だけでもダメ。つまり両方があって初めて成り立つ。互いに助け合う。絵も文も説明しすぎない、ここが肝腎です。その上、読者が参加できる余地を残す。なにからなにまで完璧には描(書)かない。
すぐれた絵本とは、そういった作者と読者の共同作業でなりたっている。
例えば『いっぽんばしわたる』この場面。だれがわたっているのか分かりますよね。


五味太郎「いっぽんばしわたる」

戸田:

ええ。

有川:

これは絵本だけでなく、読書一般もそうです。優れた文章はすこし欠落した部分がある。すると読者の我々は自然と考える。
記憶力から話がすこしはなれましたが記憶力にはいろんな記憶力があるということです。だから記憶は学校の教科書や参考書だけではありません。

戸田:

そうですね。

有川:

自分はどんな記憶力を持っているかなと考えてください。「私はこんなことを覚えるのが得意なのかもしれない」と思えたら、ちょっと光がさしてきます。

戸田:

有川さん、今日もありがとうございました。絵本館代表の有川裕俊さんにお話をお伺いしました。
絵本館からの新刊情報を一冊ご紹介します。福山出身の絵本作家おおなり修司さんの『コアラアラアラやってきて』です。
これは『アルパカパカパカやってきて』、やってきてシリーズの第2弾です。コアラがやってきます。可愛らしい動物たちがバーっとやってきて、最後にまさかのものまでドシドシやってきます。すごく楽しい絵本です。今回も丸山誠司さんの絵がとってもいいですね。ぜひ、お手にとってみてください。

コアラアラアラやってきて

(2017.9.12 放送)
2016年4月からエフエムふくやま「ブック・アンソロジー」に月1回、第2火曜日に出演しております。
インタビュアーは、パーソナリティの戸田雅恵さん。
番組の内容を定期的に掲載しています。なお、ラジオインタビューですので、その時はじめて聴く人もいます。同じような話が2度3度出てくることがあります。ご了承ください。
いっぽんばしわたる
五味太郎・作絵を読むことになる絵本です。
コアラアラアラやってきて
おおなり修司・文/丸山誠司・絵『アルパカパカパカやってきて』につづく"やってきてシリーズ"第2弾!
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