第75回「わからないということは幸せなことよ」

戸田:

有川さん、今日もよろしくお願いいたします。

有川:

こちらこそよろしくお願いします。

戸田:

今日はどんなお話ですか。

有川:

大雑把に言うと、人は二つに分かれるのではないかと思うんです。
人をある方向に導きたがる人。反対に人の行動や考えに「ちょっかいを出すのは趣味じゃないなあ」と思っている人。

戸田:

ええ。

有川:

たとえば、芸能人の不倫などいろいろな問題が出たときなども、僕は「そこの家の問題なのだから、こちらがとやかく言う立場ではないのに」といつも思います。

戸田:

有川さん、絵本の話ですよね?

有川:

すみません、すぐ話が回りくどくなって。実は「わかる、わからない」の話をしたかったんです。
「わからない」より「わかる」が上なのか、ということ。

戸田:

なるほど。

有川:

先日、青森の五所川原に笹餅を作っているおばさんを紹介する番組をみたんです。その番組が制作されたとき、その方は92歳で、今は95歳になっているそうです。
そのおばさん桑田ミサオさん、30キロの餅米の袋も持ち上げていました。なんと年間、笹餅を5万個も作るそうなんです。すごいですね。

戸田:

わあ、すごい。さぞ美味しいんでしょうねえ!

有川:

とても評判がいいそうです。売りにだすと、すぐ売り切れになるそうです。驚くべきことは、何もかも一人でやるんです。笹餅の笹だって、自分で山の中に入って採ってくるんです。とてもお元気で生き生きとしいて肌もツヤツヤでした。

戸田:

いいですねえ。

有川:

豆腐屋さんもツヤツヤの人が多いように思うんです。

戸田:

やっぱり食べるもので違ってくるんでしょうね。

有川:

食べものと湿度も関係していると言っていましたよ。
その桑田ミサオさんが、ニコニコ笑いながら「わからないということは幸せなことよ。そういう気持ちで人生を送っていると、きっといいことがあるわよ」と言っていました。

戸田:

いい言葉ですねえ。

有川:

まったくです。そして「仕事を続けていると、仕事が仕事を教えてくれるようになるのよ」とも言っていました。素晴らしいです。

戸田:

本当ですね。

有川:

さきほど僕が言いたかったのは、「自分はなんでも分かっているんだから皆を導くぞ」と考える人と比べると、人間の出来というか、人としての品が違うように思いますね。

戸田:

そうですよねえ。

有川:

子どもたちのことを考えれば、生まれたときから「わからないことだらけ」でしょう。ということは、わからないんだから幸せということでもあります。ですから赤ちゃんのほほえみというか笑顔がなんとも愛らしい訳ですね、なにしろ幸せなんですもん。

戸田:

はい。

有川:

この桑田ミサオさんのような心持ちで、多くの人が子どもをみてあげれば、その子にとっても「きっといいことがあるわよ」ということになるのではないでしょうか。

戸田:

そうですね。

有川:

われわれは、小中高大学と「わかろう、わかろう」という方向の教育を受けてきた。でも、「わからないということは幸せなことなんだ」ということが前提になっていれば、性急に知識を詰めこむ必要はない、ということになるのではないでしょうか。そのことを分かりやすく言っているんですね。さりげない言葉のなかに、なんともいえないほどの含蓄がふくまれています。

戸田:

ええ。

有川:

科学を学んでいる人たちは、「わかろう」として研究を進めている。それは、わからないという状態が前提となっているからわかろうとする。

戸田:

そうですよね。

有川:

「わからないということは幸せ」という言葉は、哲学的でさえあります。
そこで新刊の『ヘイ!タクシー』ということになります。考えてみると「なぜ、タクシーの運転手は動物なんだろう」。訳がわからない状態がずっと続きます。

戸田:

(笑)。


おおなり修司・文/きむらよしお・絵『ヘイ!タクシー』

有川:

その訳のわからない状態を、子どもたちは楽しんでいるんです。子どもは「訳がわからない」を気にもしていないのです。だから幸せなんですね。大人になると「わからない」が続くと不安になる。

戸田:

ええ。

有川:

その「訳がわからない」が絵本の入口としては、一番大事なところです。子どもは「わからないからこそ幸せ」なんですよ。
ニコニコしながら「そういう気持ちで人生を送っていけば、きっといいことがあるわよ」と笹餅のおばさん、桑田ミサオさんの言葉、いいですね。

戸田:

その笹餅、食べたい!

有川:

僕も食べたい。一つ170円だそうです。ミサオさんの穏やかで充実感にあふれた言葉と笑顔が、とても印象深く、素敵だなあと思いました。

戸田:

人生の先輩から教えていただけることって、本当に貴重ですね。
有川さん、今日も元気をいただけました。いいお話でした。ありがとうございました!

有川:

とんでもないです。

戸田:

来月も楽しみにしています。

有川:

こちらこそ、よろしくお願いします。

戸田:

ありがとうございました。
絵本館代表の有川裕俊さんでした。
(2022.7.12 放送)
2016年4月からエフエムふくやま「ブック・アンソロジー」に月1回、第2火曜日に出演しております。
インタビュアーは、パーソナリティの戸田雅恵さん。
番組の内容を定期的に掲載しています。
ヘイ!タクシー
おおなり修司・文/きむらよしお・絵「ヘイ!タクシー」ってタクシーとめたら、あら不思議!
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