突然ですが、考えるとはどういうことだと思いますか。考えるとは具体的にどういうことかを知りたくないですか。そのことを考えていた時期がありました。
この種のことは五味太郎さんに聞けば、すぐに答えは返ってくる。それは分かっていた。しかし五味さんに聞きたくなかった。自分でなんとかしたかった。五味さんに聞いてばかりいては「考える人」ではなく「考えない人」になってしまう。だから何ヶ月か、ずっと我慢して聞かずにいた。ところが五味さん、海外に1ヶ月くらい行くことになった。五味さんと車中二人「どうしようかなあ」と思案していたら「どうしたんだ」と言われ「まあ、いいか」と思い聞いてみた。案の定「それはよく見ることだ」と即答。「いろんな角度から見るクセがつけば、考える人ということだな」と。
さて、絵本には当然ですけど「表紙」があります。我々は「表1」と言っています。表紙をめくった見開きの部分を「見返し」といいます。見返しの次がトビラになります。この見返しに色があったりなかったり。ところがこの色が大事です。絵本を開くとどのページからでもちょっと見返しの色が見える。額装した絵には額の他にマットがあります。額とマットの役割を見返しは果たしている。だから見返しの色はおろそかには出来ません。カバーをはずし試してみてください。全体をひきしめたりアクセントを付けたり、料理でいったら薬味のような働きをしています。
この見返しの色を決めるときの五味さんがすごい。どういうことかというと、五味さんは瞬時に決める。DICという色見本の束を手にとって「これ」と言ってすぐ決める。迷いをしらない。
僕は若い頃、FM東京でクラシックの音楽番組にたずさわっていました。偉そうな言い方になりましたが、小間使い、下っ端です。たとえばベートーベンの曲を放送する。曲紹介のあと一呼吸おいてから曲を始める。ポピュラーだと曲紹介のあとすぐに「ドン」といく。だからポピュラー関係のディレクターが作った番組にクラシックの曲が流れるとすぐにわかる。入りに間がない。曲が終わったあともナレーションがすぐに入ってくる。余韻がない。別の言い方をすれば、余韻をたのしめない。
今回は三題噺ではありませんが、実際の絵本で「いろんな角度から見るクセ」「見返しの色」「余韻」について、おはなししてみます。
『ふたりではんぶん』
五味さんの手にかかれば「はんぶんにする」だけで一冊の絵本が出来てしまう。
姉妹二人で最初はキャンディーをうまくはんぶんに分ける。つぎはリンゴをはんぶんに。ヘタがあるのとないのにわかれるけれど、まあうまくいく。
今度はリボンをはんぶんに切る。すると長さが違ってしまう。だけど結び方を変えるとうまくいく。はんぶんが量の均等だけでなく利便という価値も出てくる。
こうしていろいろなものをはんぶんにしていく。ところが、それをずっと見ていたネコがいる。ふたりの視線がネコに向かう…。ネコをはんぶんに?さあ、どうする。でも最後はふたりでネコをいっしょに抱っこする。
まったく別のものの見方が提示される。単純なはんぶんではない。「見方をかえる」と視野がひろがる。次はふたりでなにをはんぶんにするんだろう?という思い、余韻を残しながらおわる。
『みず』
いろんな角度から「みず」を見る。「ちいさなみず」は涙。
「おおきなみず」は海。「しずかなみず」は湖。「おどるみず」は噴水。「そだてるみず」はじょうろの水。「あまいみず」はすいか。「げんきなみず」は汗。そうやって角度をかえると、こんなにたくさんの「みず」が見えてくる。
一つの方向から見るだけではなく、いろんな角度から見る力を無意識のうちに養う。人間が賢くなるってこういうことじゃないかな。そんな力が絵本にはある。日常身のまわりにあるものや考え方に柔軟で新しいものの見方をさりげなく示していく。すばらしいですね。
考えると五味太郎はかつてないほどの絵本作家です。最後のページの犬に余韻とユーモアがこめられている。
『ぼくはぞうだ』
この見返しの渋さ。ぜひ実際に見てください。実に渋い色ですが、なんの違和感もない。図書館では、カバーを付けたまま装備してしまう。見返しの色と本文との響きあいが失われて実に惜しい。
そして、この絵本は主観と客観という考え方が無意識のうちに身につくのではないかと思います。ものごとを客観的に見る萌芽がこの絵本にあります。
五味さんが多摩動物園で、ぞうの写真を撮り、絵本で使っている。
この話には副産物があります。五味さんが多摩動物園に取材に行きたい旨を連絡したところ「では、お客さんが来る前にいらしてください」ということで、冬の早朝に行った。すると、あちこちの檻から動物のうんちが湯気をたてていた。五味さんは、その光景にうっとりして福音館の『みんなうんち』が生まれた。だから「いきものはたべるから みんなうんちをするんだね」となっている。
『はやくあいたいな』
この絵本の見返しはねずみ色。この色を選ぶところが五味さんらしい。普通はなかなかこの色にはいかない。
ところでその頃出版されていた絵本には、五味さんが使っているカラーインク独特のチリチリした感じが出ていなかった。色が沈んでしまいきれいに印刷されない。このチリチリ感、ことに山肌の細やかな色のニュアンスは、その頃使われていた上質系の印刷用紙では出なかった。ところが微塗工紙という紙だときれいに出る。そこで値段は高いけど微塗工紙を使うことにした。当然絵本の価格が高くなってしまう。「その分、印税を安くしていいよ」と五味さんが言ってくれた。それほど「微妙な色のニュアンスを出したい」という思いから生まれた記念すべき絵本です。
五味さんによれば「あるとき愛をイメージしていたら、若い男女のすがたではなく、おばあさんと孫娘がとてもしっくりいった。」その二人が突然同時に会いたくなる。この同時にというところがいいですね。因果は関係ない。
この『はやくあいたいな』はおばあさんと孫娘の自然でおだやかな思いが情愛というものでしょうか、読む人をとてもすずやかな気持ちにさせてくれる。だからおばあさんたちに人気の絵本です。また声をだして読んでみるとシンメトリックな文章のリズムのよさにも舌をまく思いがします。37〜38年前のはなしです。
絵本館だけでなく、五味さんの絵本の見返しをご覧になったら、すばらしい色彩感覚に目を見張ることになると思います。そういったすばらしい色彩感覚を、子どもたちが幼い頃から身近に感じて育つ。いいですよね。
絵本は色彩のセンスを身につけるのに恰好のものだと、五味さんの絵本を見るたびにつくづく思います。