第49回「ほのめかす絵本」

戸田:

有川さん、今日もよろしくお願いいたします。

有川:

こちらこそ、よろしくお願いします。

戸田:

今日はどんなお話ですか。

有川:

大阪の図書カードの話を聞いて、とてもいいことだと思いました。

戸田:

いいですよね、休校中の子どもたちに図書カード2000円分を送るという話ですね。

有川:

なぜいいかと言うと、図書カードは本屋さんで使います。「本屋さんで本を選ぶ」。そのことで子どもが本好きになる確率を高めると思います。

戸田:

なるほど。

有川:

図書館に行っても本好きになるのはなかなか難しいですね。
目的もなく、ただ借りた本は、あまり読みません。なぜかというと経済用語ですがインセンティブ・誘因になる要素がとぼしい。その上読まなかった本を返しに行っても、何の痛痒感・痛みもない。ところが自分に合わない本を買ってしまった場合は、「なぜ、こんな本買ってしまったんだ」と、くやしい思いをします。そこがミソなんです。
「なんでこんな本を買ってしまったんだろう」という思いも、実は財産になるんです。身にしみて、記憶に残りますから、次に選ぶ本の重要な判断材料になります。趣味のことは身銭をきって初めて手が上がるものです。

戸田:

失敗しても自分で体験しなきゃ、ということですね。

有川:

問題は「身にしみるか、しみないか」ということです。

戸田:

(笑)。

有川:

身にしみない知識を、たくさん身につけても、受験には役立っても人生にはあまり役にたたないものです。絵本や本に興味や関心をもつようになれば、図書館も実にありがたい所になります。興味や関心がないのに、何かを学ばせるのは至難の業というか不可能に近いでしょう。教育が抱える根源的な問題はここにあります。ですから大事なことは、まず子どもが興味・関心をもつかいなかです。そんな知的関心や興味をもてるフィールドの準備が大人にとってなによりも大事です。

戸田:

ええ。

有川:

最近「ほのめかす絵本」という言葉を思いつきました。戸田さんもお好きな長新太さんに『ぼくのくれよん』という絵本があります。僕が絵本館を始めるときにたくさん読んだ絵本の中の一冊で、大きな影響を受けました。
文章は「これは くれよんです。でもね このくれよんは」で最初のページが終わっています。「は」で終わってしまっているので、どうしても次のページをめくりたくなる。「なるほど、絵本はこんな展開の仕方もあるんだ」と感心しました。
すると次のページでは、「こんなに おおきいのです」と猫より大きなくれよんが描かれている。
「ごろ ごろ ごろ ごろ」「にゅー」
「これは ぞうの くれよんなのです」
あらまあ、そうきますかと思うわけです。ページを開かせる力がすごくある。
「ぞうが あおい くれよんで びゅーびゅーかくと」
「かえるは いけだと おもって とびこみました」
でも、そのあと
「いけではなかったので かえるはびっくりして しまいました」
この淡々とした言い方がおかしいですね。長さんらしいフレーズです(笑)。

戸田:

(笑)。

有川:

それを後に長さんが「有川くん、普通のファンタジーだったら、かえるはそのまま泳いじゃうんだよ。僕はそういう方向にはいきたくないんだ」と言うんです。
なぜイヤなのか。客観と空想とを、どう折り合いをつけたらいいんだろうか、ということを考えていたのではないでしょうか。世の中には分からないもの、不確かなものがいっぱいある。別の言い方をすれば、物ごとを決めつけない、そんな曖昧な部分が世の常だと考えていたのではないかと思います。

戸田:

ええ。

有川:

絵本館に五味太郎さんの『ぼくはぞうだ』という絵本があります。ぞうは結構速く走ることができたり、力持ちだったり、すごい力をいろいろ持っています。ところが、最後の最後に「でも、この絵本のなかにぼくなんかはいりきらない」と書いてある。本当のぼくを見たければ「いつかどうぶつえんで、ほんとうのぼくを ぜひみてくれたまえ」という終わり方をしているんです。

戸田:

いいですねえ。


五味太郎『ぼくはぞうだ』

有川:

「絵本のなかだけですべてがわかったようになるのは、ちょっと早とちりだよ、できたら現物にあたってみよう」ということを伝えている。

戸田:

そうですね。

有川:

ダイレクトに言わずに「ほのめかす絵本」。長さんの絵本にも、そういうところがたくさんあります。僕がいつも話すように「省略と飛躍」がたくさんあるということは、それらが子どもだけでなく大人の読者にも「ほのめかし」ているわけです。
「省略してしまった部分、飛んでしまった部分、それをみなさんで補って考えてみてね」と言っているんです。
そういった点が、子どもの本にはもっとほしいですね。「わからないところはなんでも、おじさん、おばさんが教えてあげる」という姿勢、教えモードに入っている絵本が多いと思います。

戸田:

今は、情報があふれていますしね。

有川:

その情報を自分のなかでどう取捨選択するか、ということがこれからの子どもはことに大切です。自分で食べてみて歯ごたえのあったもの、つまり身にしみたかどうか。実感をたよりに生きていきたいですね。

戸田:

ええ。

有川:

安部公房さんが対談で、石川淳さんに「私が今まで会った人のなかで、石川さんが一番教養のある人だと思っています」と言った時、石川さんは「ものをたくさん知っているということで、君が教養と考えているならば、それは僕にはあたらない。そうではなく、昔の芸者衆などがいろんな芸を修めているうちに芸がその人の身についていく。そういうことで僕のことを教養があると言ってくれるのであれば嬉しいがね」と言っていました。
それと同じです。身につくか身にしみるかどうかです。

戸田:

そうですね。

有川:

まずは、子どもたちのおかあさんが絵本を読んで身にしみるのが最初です(笑)。

戸田:

確かにそうですね(笑)。

有川:

それから「こんなにおもしろいんだけど、一緒に読んでみない?」という気持ちで、お子さんとともに絵本を手にするのがいいですね。
「この絵本、うちの子に分かるかしら、分からないかも」と思ったら、「少しくらい分からなくてもいいか」と思うより、もっと積極的に「うちの子には分からないほうがいいのでは?」と思ってください。子どもは分からないことに興味をもちます。好奇心はそんな状況から生まれるのではないでしょうか。
フィールドを準備するとは、そういうことです。

戸田:

本当にそうですね!
有川さん、今日もありがとうございました。

有川:

こちらこそ、ありがとうございました。

戸田:

絵本館代表の有川裕俊さんにお話をお伺いしました。
(2020.5.12 放送)
2016年4月からエフエムふくやま「ブック・アンソロジー」に月1回、第2火曜日に出演しております。
インタビュアーは、パーソナリティの戸田雅恵さん。
番組の内容を定期的に掲載しています。なお、ラジオインタビューですので、その時はじめて聴く人もいます。同じような話が2度3度出てくることがあります。ご了承ください。
ぼくはぞうだ
客観とはなにか。さまざまな角度からものを見るのに適した格好の絵本。
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