第58回「素っ気なく描きたい」

戸田:

有川さん、今日もよろしくお願いいたします。

有川:

こちらこそ、よろしくお願いします。

戸田:

今日はどんなお話ですか。

有川:

編集者という人間は因果なもので、他の出版社から出た絵本をみて「素晴らしい絵本だなあ」と単純に喜べないんですね。なんとも淋しい職業です。心中涙ぐむこともあります(笑)。

戸田:

(笑)。

有川:

「どうしてこんな素晴らしい絵本が、絵本館ではなく亜紀書房なんだろう」と思う訳です(笑)。亜紀書房から出た『こどもたちはまっている』という荒井良二さんの絵本を手に取って感激するのはいいのですが、純粋に喜べない編集者の性に複雑な気持ちになりました。

戸田:

(笑)。
亜紀書房 - 亜紀書房えほんシリーズ〈あき箱〉3 こどもたちは まっている
亜紀書房刊行の書籍の紹介。社会問題を扱う書籍からビジネス書、実用書を発行する出版社。
有川:

文は「こどもたちはまっている ふねがとおるのをまっている」。絵は窓のそとを船が通っているんです。

戸田:

ええ。

有川:

「こどもたちはまっている ロバがくるのをまっている」山間のちいさな道が描かれています。「こどもたちはまっている かもつれっしゃがくるのをまっている」ものすごく大きな長い鉄橋の上を貨物列車が通っている様子が描かれているんです。

戸田:

荒井良二さんの絵、私も好きです。個人的ですけど。なんか夢があっていいですよね。

有川:

荒井さんは「子どもはマッチ棒みたいに素っ気なく描きたい」とおっしゃっているんです。「いいことがあったので主人公は満面の笑み」、そんな描き方はしたくない。

戸田:

(笑)。

有川:

読者が画面をみているうちに、そういう気持ちになるような表現にしたいそうです。

戸田:

なるほど。

有川:

子どもの顔や表情を素っ気なく描く作家は、荒井さんだけではありません。長新太さん、五味太郎さん、高畠純さん、長谷川義史さんなど、何人もの絵本作家が「素っ気なし系」です。なぜか。とても可愛い子どもが主人公だと絵本の展開に制約を受けるからです。主人公は可愛い、その上性格は純真無垢、これでは話に起伏が生じません、単調になる。勿論、可愛い主人公はダメと言っているのではなく、物語に変化や含みが乏しくなるので、絵本としての展開がむつかしくなると思うのです。


長新太・作『にんげんになったニクマンジュウ』

主人公が可愛いの反対が、マリー・ホール・エッツの『わたしとあそんで』。表紙に大きく描かれた子どもの顔は全世界的にみても、可愛いとは言い難い。ところが動物たちとの交流によって、えも言われぬ可愛らしさがかもし出されてくる。内面から生まれでる可愛いさというものが描かれている絵本です。
また『こどもたちはまっている』の見返しのページに、地平線のようにレイアウトされた荒井さんの文があります。わざと読みづらく小さな字で書かれている。長くなりますが読みます。

ぼくが大学生の時に、長新太『ちへいせんのみえるところ』を手に取ることがなかったら、絵本を作っていなかったと思う。いまだにぼくは、この地平線の見える風景の中にいて、優しさや不安や笑いや寂しさや希望の風に吹かれている。そう、まるでこどもの時のぼくがそうして立っているように。ぼくが絵本を作る時は、必ず頭の中で一本の線を引き、そこからぼくの絵本の旅を始める。やがて、その線は見えなくなってしまうが、時おり顔を出してはこどもの時のぼくが「ちへいせん」を眺めて立っている。いつか、ぼくの『ちへいせんのみえるところ』を描いてみたいと思っていたが、もしかしたら、この『こどもたちはまっている』が、そうなのかもしれない。そして、この本を長さんに捧げたいと思う。
荒井良二

気持ちのいい素晴らしい文です。「長さんが生きていらしたら喜ばれたでしょうね」と言ったら、荒井さんは「長さんは、“ふーん”って言うだけじゃないかなあ」って(笑)。「いやいや、荒井さん。長さんが“ふーん”と言うときは“嬉しいなあ”という表現です。間違いありません」と僕は言ったんです。すると荒井さん、「そうですかねえ」と嬉しそうに笑っていました(笑)。

戸田:

いいですねえ。

有川:

この『こどもたちはまっている』は、秀作です。秀作なんですけど、あまり売れません。秀作ほど売れないということは過去を振り返ってみても、残念ですがよくあります。

戸田:

まあ、そんなこと言っていいんですか(笑)。
今、有川さんに読んでいただいた文章をお聞きして、荒井良二さんのポップな絵の感じと、そこにそんな深い思いがあったのかと、とても嬉しい気持ちになりました。荒井さん、素晴らしいですね。

有川:

そうですよね。

戸田:

今日も、有川さんからしか話していただけないような貴重なお話を伺うことができました。すごくワクワクしました。ありがとうございました。

有川:

いえいえ。マッチ棒のような子どもの表情からいろんなことを読みとることが出来る、絵本は本当にいいものだと思います。こういう絵本を読むと、子どもも大人も関係ないとつくづく思います。『こどもたちはまっている』を手に取ってみて下さい。

戸田:

有川さん、今日も楽しいお話をありがとうございました。

有川:

こちらこそ。

戸田:

絵本館代表の有川裕俊さんにお話をお伺いしました。
(2021.2.9 放送)
2016年4月からエフエムふくやま「ブック・アンソロジー」に月1回、第2火曜日に出演しております。
インタビュアーは、パーソナリティの戸田雅恵さん。
番組の内容を定期的に掲載しています。なお、ラジオインタビューですので、その時はじめて聴く人もいます。同じような話が2度3度出てくることがあります。ご了承ください。
荒井良二|Arai Ryoji
絵本作家 荒井良二のホームページ
にんげんになったニクマンジュウ
「そうだんがあるんだけど」といってニクマンがやってきた。
タイトルとURLをコピーしました