1987年に童心社より発行された『みんながおしゃべりはじめるぞ』が、このたび原稿に忠実に、絵本館版として誕生しました。
いとうひろしさんに、この作品について伺いました。
『みんながおしゃべりはじめるぞ』復刊にあたって
『みんながおしゃべりはじめるぞ』は、私のデビュー作です。出版されたのは、今から二十年以上前になります。
その頃の私は、作家としてはもちろん、イラストラーターとしてもほとんど実績がありませんでした。
そのような新人の絵本が、よくまあ単行本として出版されたもんだと、今更ながら驚いてしまいます。
しかしその後はこの絵本について、反響らしきものもほとんどなく、数年後には絶版という悲しい末路をたどることになりました。
その『みんながおしゃべりはじめるぞ』を復刊したいという話を絵本館からいただいたのは、ずい分前のことでした。
とてもうれしいお話でしたが、これは困ったぞとも、ちょっぴり思いました。
というのも、二十年近く絵本作家としての経験をつんできた今の私の目であの絵本を見ると、力み過ぎっていうんでしょうか、ガチガチにがんばって作ったのが見えてしまう本なのです。
まあ、それはそれでほほえましいんだけど、こことここを直せばもう少し読みやすくなるだろうなと思う所がいくつかありました。
だから絵本館の人にも、絵を描き直して全体の構成を少し考え直したいので時間をくださいと伝えました。
そして、何枚か絵を新しく描いたりしたのですが、どうもしっくりいきません。
客観的に見れば、描き直した方が絵本のイラストとして無難にまとまっていると思われます。
でも、そこには大切ななにかが失われている気がするのでした。
そのなにかとは、おそらく、二十年前の自分そのものでしょう。
絵本創りのスキルは何も持っていないのに、しっかりした絵本を創りたいという気持ちだけはあふれるくらいにあった自分の姿です。
今の私にその気持ちがないわけではありません。
でも、あの頃とは違います。どうがんばっても今では、あの絵は描けません。
『みんながおしゃべりはじめるぞ』は、あの時だからこそ作れた本なのです。
作り手の力みが見えかくれしていようがおかまいなしです。
あの絵本はあのままでいいんだという結論にたどりつきました。
それどころか、二十年前の自分をもっとだした方がおもしろいかもしれないと思えてきました。
前に出版された時は、出版社の人との話し合いで変わった部分や、デザイン的な処理がほどこされた所がいくつかありました。
それらをすべてもとのかたちにもどしました。
だから、今回の本は、出版社へ持ち込みをくり返していた頃のもともとの作品により近くなっています。
だけど、この作品をあらためて見直すと、この絵本は、その頃からずっと変わっていない、私のものの見方や感じ方の根本を語っていたんだと気づきました。
それは、人はもちろん動物にも植物にも、石にも風にも共感し同一化することで、今まで見えなかった世界がみえてくるというものです。
それは、この世界へ関わるための方法であり、物語を創り出す方法でもあります。
もしかすると、それは、人々に一番欠けていると二十年前の私が思っていたことかもしれません。
私は、絵本で説教したいとは、決して思いません。
でも、この本で語られていることは、二十年前よりも今の方が切実な問題として話し合われなければいけなくなっています。
そう考えると、この本はちっとも古くなっていません。
それどころか、今必要な本であり、復刊すべき本なんだと思えてくるのです。
いとうひろし